最高裁判所第三小法廷 昭和55年(オ)632号 判決 1981年10月13日
上告人
金福龍
右訴訟代理人
横溝徹
横溝正子
被上告人
国
右代表者法務大臣
奥野誠亮
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人横溝徹、同横溝正子の上告理由第一について
判旨本件剰余金につき適用される保管金規則(明治二三年法律第一号)一条は、政府において保管する公有金私有金は起算日より満五年を過ぎて払戻の請求のないときは政府の所得とする旨定めているが、その趣旨は、国の一時的な預り金である保管金の性質上保管の関係を画一的に結了しようとすることにあるというべきであるから、この趣旨に鑑みると、同条の規定は保管金に対する権利行使についてのいわゆる除斥期間を定めたものと解するのが相当である。これと同趣旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第二について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、所論の点に関する原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第三について
論旨は、原判決の判断の違法をいうものではないから、適法な上告理由にあたらず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(伊藤正己 環昌一 横井大三 寺田治郎)
上告代理人横溝徹、同横溝正子の上告理由
控訴審判決は判決に影響を及ぼすべき法律の解釈適用を誤つた法令違反がある。
第一、保管金規則第一条を除斥期間と解することの誤り。
(一) 控訴審判決は保管金規則第一条を除斥期間であると判定し、その根拠として、金銭の給付を目的とする国の権利、又は国に対する権利につき、会計法はこれを「時効」と明文をもつて規定しているが、保管金規則には「時効」と明記してないこと。更に、立法の沿革をみても会計法と保管規則は別の経緯を沿ていること。
立法者は会計法と保管金規則とを区別し、保管金規則を権利失効期間として立案制定したものであること。
更に又、保管金はもともと国の一時的な預り金であつて、予算上の歳入歳出には含まれないものであるから、いわゆる広義の保管金に属し乍らも別の立法処置がとられている供託金・その他はともかくとして、それ以外の保管金については国の保管経費及び責任の面からより早期に預託関係を結了させる必要があり、この必要を満たす為に保管金規則第一条は除斥期間を定めたものと解するのを相当とするとする。
の各点を挙げている。
(二) しかし、左の理由から控訴審に於ける右判定は法令の解釈を誤つたものであると解する。
(1) 先ず、除斥期間と消滅時効の区別は「時効によりて」条文の文字に拘泥するべきではなく、規定の実質的意味と権利の性質を考慮して区別されるべきである。
本件剰余金請求権の如き請求権は、形成権と異なり相手方の対応する行為(履行)によつて初めて権利内容が実現されるものであるから、この様な権利に固定的な期間は馴染まない。したがつて、本件の如き請求権に解する定めは消滅時効期間を定めたものと解するのが相当である。
(2) 次に会計法も保管金規則も共に財政法の下部立法たる性格を有し、会計法三〇条後段も保管金規則一条も共に相手方とする金員の請求に関する規定である。
この様に同趣旨の規定である両法に於いて、会計法三〇条は消滅時効であり、保管金規則は除斥期間であるとする合理的根拠は全くない。
控訴審判決の言う立法者の意思・立法の沿革の理由は、問いに対し問いをもつて答えているのと同一である。
(3) 供託金払渡請求権について最高裁昭和四五年七月一五日大法廷判決は、権利の行使が現実に期待できる時から進行する消滅時効(期間一〇年)とあるとしている。供託金も保管金と共に国が予算上歳入歳出に入れずに一時的に保管する金銭であるのに、その請求に関し一方は消滅時効であり、一方は除斥期間とする根拠は全くない。
(4) 控訴審判決は保管金規則一条が除斥期間であることの理由を前記のようにいくつか挙げているが、除斥期間とする最大の眼目を「保管金は、国の保管経費及び責任の面からより早期に預託関係を結了させる必要性」に置いており、正にこの為の一言に尽きるようである。
しかし、保管金規則一条を「国の保管経費ならびに責任の面から、より早期に預託関係を結了させる必要性」の為に除斥期間と解するならば、「民はよろしむべし、しらしむべからず」の封建時代の法思想と全く変わらない。
国の財政は国民の付託に基づいて、国民のために国家機関が運営するものであることを前提とすれば、国の財政機構の便益の為に国民の財産を妄りに国庫金として歳入歳出することは正に国民主権、ならびに財産の保障を定めた憲法に違反することとなる。
(5) 保管金規則一条を除斥期間と解すると、除斥期間には中断も債務の承認もないから、保管金を第三者が差押(又は仮差押)した場合、保管義務解除の日から五年以内に差押(仮差押)が解除されない限り、すべて国庫金に歳入されてしまうことになる。
訴訟の長期化が固定的現象である現今、差押解除にも長期間を要すること、更には差押を為した第三者がいやがらせの為に差押を継続することもあり得ることを考えると、除斥期間と解することの不合理は図り知れない。
第二、起算日の競売事件完結の日の翌日とする誤り。
(上告人は保管金は除斥期間にかかるものでなく、消滅時効にかかるものであると主張するが、消滅時効と解しても起算日の問題は残るので以下に言及する。)
控訴審判決は剰余金請求の起算日を係書記官が歳入歳出外現金出納官吏に送付した保管票に記入されている払出通知日の翌日であるとするが、いわば裁判所内の内部事務取扱の便宜の為に定められた内部規律をもつて、裁判所外の請求者に対する起算日とするのは不合理である。
起算日は請求権利者に支払通知をした日の翌日から起算すべきである。(大正一三年三月一〇日民事一〇九九三号・民事局長回答)
本件にこれをあてはめると、本件競売手続進行中右事件の債務者(本件剰余金請求者・上告人)は所在不明で、右事件の債務者への通知は公示送達の方法をもつて為されていたが、一件記録を精査しても剰余の支払通知の公示送達が為されたこともなく、又当時債務者に公示送達以外の方法で通知されたこともない。
昭和五二年二月二八日に至つて、剰余金請求者たる上告人の代理人弁護士横溝徹・同横溝正子の委任状が提出されるに及んで、その後の昭和五二年三月六日係書記官から右代理人に支払通知が口頭で為されると共に甲第七号証の請求書(但し、印刷文字以外は白地)の交付がなされ、同日歳入歳出外現金出納官吏への払出通知が為されたのである。
従つて、起算日は剰余金請求者たる上告人代理人に支払通知の為された日の翌日である昭和五二年三月七日である。
第三、本件剰余金請求権について、仮差押が為されたことにより時効は中断した。その根拠規定は、保管金規則第一条第三号、及び民法一四七条である。